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2006年03月21日

●思うこと

 祝日の休みは、WBC観戦でほとんど終わった。後は部屋を片付けたり、CDをipodに入れたり、そんなことで時間が過ぎていき、何だか気の抜けた一日でした。なので、この日記も内容はバラバラです。内容的には、三回くらいのエントリーに分ければいいのですが、今の雑多な思いを書きたいので、このままいきます。

1)恋愛ドラマ
 基本的に、恋愛モノのドラマは見ない。なぜなら、進行がまどろっこしい割には落ちが見えているものが多いから。また、そのまどろっこしい進行をしている役者に入り込めないから。だから、きちんと最後まで見た連続モノの恋愛ドラマというものが、一つも思い浮かばない。あえていうなら、堀ちえみのスチュワーデス物語……あれは恋愛モノか?
 映画についても同じで、そもそも映画自体をみないのだが、まず恋愛系は惹かれない……といっていたら、電車男を観ていたことに気づく……これも恋愛モノか?

 ところが、最近水曜10時のフジでやっている、ココリコミラクルタイプの180秒のさよならという、同番組の出演者で作ったユニット「時給800円」の新曲発表のための宣伝コーナーが、結構面白いことに気づいた。もともと、水曜10時の番組を観ているのは、前半のためだったのだが(ワンナイ)、うっかり観ているうちにコニタンの魔力にはまり、もう二年位、欠かしたのは一度だけという精度で見続けている。
 話がそれてしまったが、この180秒のさよなら、まさに恋愛モノで、別れのシーンをまとめ、クライマックスで新曲の「さくらいろ」がかかるという、陳腐といえば陳腐なものなのだが、この位コンパクトだと、逆にわかりやすくて感じ入ってしまう。ん?主役の一人がコニタンだから?ま、それもあるでしょうけども。
 こういうストーリーを観ていると、既に35歳といういい年ではあるが、恋愛っていいなあと思ってしまう。そういえば、最近感じ入った小説は、石田良衣の「スローグッバイ」で、やはりそこに描かれるシーンにあこがれる。

 いい年して、こういう事を書くのは恥ずかしいし、誰も読んでないからいいやと思ったら、うっかり 蓬 さん が見てる宣言してきたりして、でも一体どんなモノだろうなあと思っている。何が?知りたい方は続きを読むへどうぞ。まだ書いてる途中だけど、多分長いよ。

 人は35歳になったら打算的な生き方をしなければならないのか。そろそろ社会性とか、年金の計算とか、そういうことを元に人生設計をしなければならないのか。

 唐突なようですが、私の思考プロセスでは、コニタンのお別れシーンを観ていて、そこへたどり着くわけです。

 ドラマの中の、特にミラクルタイプのドラマの中の人たちは、とても楽しそうに生きているように見えます。嫌なことだって辛いことだってやまほどあるだろうに、こっちの世界で同じように嫌なことや辛いことを抱えて生きている人へ向かって、色々な感情を表現し、勇気づけてくれます。私はそういうシーンを観ていて、実は前半のワンナイからそうですが、あの一時間になぜか涙が出そうになることがあります。ゴリエ杯だけじゃなくてですよ、もちろん。
 いま自分が涙もろいのは自覚しているのですが、でも、なぜなのだろうと考えたときに、自分自身があの人たちの姿を見て、揺り動かされるのです。仕事でも恋愛でも趣味でも何でも良いんですが、おまえ本当にここまで本気で、一生懸命、全力でやってるのかと、自分に問いかけてしまうんです。

 だから、格好悪いとか、大人げないとか言われようとも、恋愛もしたいし、感情をきちんと持って、表していきたいし、仕事でも何でも、一生懸命やりたい。大げさですけど、そうやって生きられたら、別に何歳で死んだって良いんです。これは、本気で思っています。

 まだ続きますが、良いですか?

 私だってもちろん、年金のことも、社会性も大事だと思っています。実際に、新しい仕事をするようになってから、勉強が楽しくて楽しくて、一生懸命貸借対照表とか損益計算書を読めるようになろうと学習してます。でも、周りにいる人を見ていると、確かに私よりずっと深く広い知識を持っている人がいるのですが、どうにもこうにも、楽しそうじゃない。そんな風に感じる私が、今弱っているのかも知れないですけどね。
 熱く貸借対照表を学んだっていいじゃないですか。あれもこれも興味があって、それを手にするために時間を割いても本を読んだり、人間関係を広げて仕事を増やしたり、それを楽しくやりたいじゃないですか。疑問なのは、何でそういう明るさを見つけることが、年をとるとだんだん難しくなってくるのかということ。どうも、今私の周りにいる、私と同年代かそれ以上の人たちを見ていると、なかなかそういう楽しさを感じさせてくれる人がいない。だからつい、ワンナイのメンバーをみて、本当にくだらない低劣な番組ではありますが、でもあれだけ一生懸命やっている姿に、思わず涙してしまうんです。

 もちろん、自分がやればいい。自分の人生は自分で決めるものであって、人に振り回されて足を止めたら、その段階で自分も同じ穴の狢。だから、ここにちょいと愚痴って、明日のエネルギーをためるわけです。

 自分が結構はまっている某サイトには、結構楽しそうな、素敵な大人が大勢いて、それも救いの一つにはなっています。後は、例えばB'zのCDが今かかっているわけですが、そういう文化芸術系の世界にいる人たちの姿からもエネルギーをもらいたい。小説も、狂ったように読んでいるのは、とにかく人生のモデルケースに飢えているからではないかと思うのです。

 て、ここで電話が入って一時間ほど間が空いてしまったので、ちょっと読み返して、続きはまた書きます。

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