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2006年06月30日

●今年の前半終了。そして世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

 風三部作を読み終え、次に「世界の終わりとハードボイルドワンダーランドを手に取った。もう、私の手元にある表紙の本は売ってないらしい。

 ワールドカップの試合が始まるので、極めて完結に記すが、ようするに、私が村上春樹作品にどうしようもなく惹かれてしまうのは、こういう所だ。

上巻で、図書館で夢読みの手伝いをする女性との会話で、

「あなたが私の髪をほめたというのはわかるわ。でもほんとうはそれだけではないのね。私の髪があなたの中に何かべつのものを作り出して、あなたはそのことについて何かを言っているのね?」 「違うよ。僕は君の髪の話をしているんだ。」

やはり上巻で、

「いや違うね。親切さと心とはまたべつのものだ。親切さというのは独立した機能だ。。もっと正確に言えば表層的な機能だ。それはただの習慣であって、心とは違う。心というのはもっと深く、もっと強いものだ。そしてもっと矛盾したものだ」

 という老人のセリフ。このあたりが、本当によくわかるし、切なさ、もどかしさがヒシヒシと伝わって来る。そして、下巻の最後の最後に、博士の孫娘が

「怖がらないでね。あなたがもし永久に失われてしまったとしても、私は死ぬまでずっとあなたのことを覚えているから。私の心の中からはあなたは失われないのよ。」

 という、これ以上ないであろう救いのセリフ。本当に、ごくごく限られた一部分ですが、この作品の柱を見事に表す名文だと、私は思っています。まるで、悲しみをわざわざ自分の中に入れるために、この本を読んでいるのではないかと、一瞬考えることもありますが、実は、大いなる救いを求めて、繰り返しページをめくっているのでした。

 ということで、今年も半分終わりました。後半は、少しは自分で何かを作り出せる毎日にしたいです。

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2006年06月28日

●すごいW杯

 このドイツ大会は、歴史に残るすごいW杯になるのでは?
 準々決勝のカードが、どれも素晴らしい。週末は、W杯の合間に、休養とか買い物とか洗濯とかアイロンがけとか掃除とかがあるという二日間になりそう。いや、本当に楽しみ。

 大胆にも予想すると
 ドイツとアルゼンチンは、ドイツ。 2-1
 イタリアとウクライナは、イタリア。 1-0
 イングランドとポルトガルは、今度こそPK戦を制して、イングランド。 0-0のPK戦
 ブラジルとフランスは、ジダンには申し訳ないけど、でもきっちりブラジル。 2-0

 これが、準々決勝の私の予想です。当たるかどうかはわからないけど、結果が出てから「やっぱりね」と書くのは好きじゃないので、書いちゃいました。もし良かったら、あなたの予想をコメントに。当たっても賞金は出ませんけどね。
 

2006年06月27日

●風三部作

 ここのところずっと、村上春樹作品を読んでいる。まずは短編集から始めて、風三部作を、今日読み終わった。やっぱり面白い。

 一つの作品を、何度も繰り返し読むというやり方は、村上春樹作品に出会ってからのことで、実際彼以外の作品で繰り返し読むものは、非常に限られている。でも、村上春樹の作品については、何時読んでも、その時の自分が啓発される気がして、絶対に手元から話したくないし、まあ自分が何歳まで生きるかわからないが、字が読める限りは、手に取り続けたいと思っている。

 今回、久しぶりに風シリーズを読んで、これまでにないほど、その切なさを感じた。これはやっぱり、自分が年をとったということに間違いないだろうし、自分でも気づかないうちに、色々なものを失って来たんだろうと思う。

 私は、風の“僕”のように、ノートの中心に線を引いて……なんてことは出来ない。少なくとも、今は出来ない。そんなことをしたら、右と左がアンバランスすぎて、悲しみのどん底に沈んでしまいそうだから。まだ失ったことを気づいていないものまで、リスとされてしまいそうだから。

 でも、そんな村上春樹小説は、この後少しずつ変化していく。もちろん、まだまだ読み続けるので、その流れの中で、今の自分がどの作品のあたりと重なるのか、ゆっくり確かめて行こうと思う。そして、こんな風に楽しめる作家に出会えたことを、心から幸せだと思っている。

 ちなみに、いくつかの文庫本は、まだ消費税前のものだったり、本の奥付に定価が書いてあって、その上にシールを貼って、定価はカバーに書いてあります、みたいなごまかしをしているものもある。時代を感じますね。

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2006年06月25日

●プライド

 と言っても、例の格闘技のヤツじゃなくて、一般的な話。

 Mr.Childrenの「名もなき詩」に、「妙なプライドは捨ててしまえばいい」という歌詞がある。この歌は、私が結婚を考えていた時に、大きな勇気をくれた曲で、自分自身の生き方を考えるときの大きな柱になっている。なので、Ipodでも良く聴いているのだが、今日久しぶりに車に乗っているときにかかったので、窓を閉めて、歌ってみたら、その部分の詞にドキッとさせられた。

 最近愚痴ることが多い私なのだが、その昔に名もなき詩で捨てることを決心した、妙なプライドが自分を縛っているのではないかと思った。会社がどうだから、周りの人間がこうだから、だからやる気にならないということが、最低の言い訳だとわかっていながら、どうしてもそう思ってしまうことにズルズル引きずられていた。でも、それは結局、自分は仕事が出来るんだ、まともな人間なんだという、相対評価による妙なプライドそのものではないか。

 うまくわかりやすい表現が出来ずにもどかしいが、駄目な会社であり居心地の悪い環境であることは、事実としても、その中で頑張っている自分という構図にしてしまった段階で、完全にプライドだけが高い嫌なヤツになってしまうと思った。距離をとることも、改善しようとすることも、そりゃ大変かもしれないけど、勝手にやっていいはずなんだと思うしかない。泥臭かろうが格好悪かろうが、逆に目立ってしまおうが、自分に出来ることをやれば良いだけのこと。ベストを尽くすのが好きなら、誰のためでもなく、自分のためにベストを尽くせば良いこと。ただそれだけのことだろう。

 孤独が苦手で、誰かと話してつながりを持たないと、どうしても不安になってしまうことがあるが、もうこの際それもひっくるめて付き合っていくしかないんだなと、ようやく思えるようになってきた。

 とりあえず、今週一週間は目一杯働くことにする。いきなり挫折しないように、今日は早めに寝ておこうかな。

2006年06月23日

●勝手に日本代表の話

 批判覚悟で。

 中村俊輔選手は、調子が悪かったと思う。久保を調子が悪いという理由で、代表から外すだけの判断力を持つ監督ならば、少なくとも後半は小野に変えるという手は無かったのだろうか。これは、2,3戦共通して思った感想。中村自身も、自分が満足に動けなかったことは痛感していると思う。終了後の、ひどすぎるインタビューを観ていてもそう感じたのですが。

 柳沢選手がシュートを打たないのは、昔からのこと。彼の良さは、お膳立てをすることだという声が良くあるが、それなら、なぜそれを活かす攻撃を確立出来なかったのか。柳沢を責めるのは簡単だが、得点力不足が日本の課題というのは、はるか昔から言われていることで、代表監督としては、ではそれを逆手にとったチーム作りをするか、とにかくフォワードを育てるかしかないはず。簡単にできることではないとはわかっているけれど、四年かけて出来ないというのは、非常に残念。

 やっぱり中田英寿選手は好き。少なくとも、日本の選手の中では絶対的な安定感があり、グランドで考えながらプレーし続けることが出来ていると思う。海外で最近結果が出ないことや、日本人が好きではない個性のせいで、マスコミにぼろくそに書かれることもあるけれど、個人的にずっと応援したい。

 マスコミの報道姿勢なんて、今さら言うことでは無いけれど、でも本当の意味でチームを育てるなら、やはり改善すべき点は多いと思う。スポーツ紙=芸能誌?という扱いにしてはならない。きちんと情報を選べば、もちろん優れた報道は多いでしょうが、一般人にどれだけ何を訴えるか、横並びではないニュースが読みたいというのが正直なところ。というか、国の代表同士のW杯で、ブラジルの手加減を期待するようなことを、大見出しで書くな!

 サッカーはチームスポーツだけに、ぬきんでた一人が何もかもを変えることは出来ない。やはり本当のチームワークが必要で、それに支えられた、真のリーダーが必要。多分、日本社会になじみにくいシステムのひとつだと思いますが、せめてスポーツの世界では、それを見せて欲しい。日本代表の、ドイツW杯は終わりましたが、サッカーというスポーツを通じて、たくさんの勇気を、これからもください。

2006年06月22日

●占いが当たった

 今日の私の某所の占い

積極的に楽しみを求めて。特に美術、音楽には幸運がありそう。趣味を生かした新しいチャレンジや人脈作りにも良さそうな話が。意識して貴方の興味を深めると、好結果に。

 えっと、ap bank fes'06 というものがございまして、私桜井和寿と同じ誕生日なので、 お互いにシンパシーを感じてまして、是非行きたいと思っていました。さらに、最終日には桑田佳祐さんも来るというではありませんか!これは行くしかない、と思っていました。
 すると、手元の某クレジットカードで、抽選販売があるという情報が入って来ました。フェスティバルは3日間。もちろん、ミスチルは3日とも出演なので、では、どれか当たってくれ!と、全日申し込んだわけです。

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2006年06月19日

●自分のための本

 久しぶりに、村上春樹作品を手にとった。とりあえず、氏の文章に自分が集中できるかが気になったので、短編を選び、TVピープル。でも、そんな心配はいらなかった。あっという間に没入して、通勤の往復で読み切った。

 天童荒太にはまったと、このブログでも書いた。それは間違いない事実。それから、石田衣良にも、重松清にも、宮部みゆきだったはまった。ただ、それらの小説からは、必ずテーマを見つけてしまう。これは、○○について書いた本だ、とか、誰の作品は、スピード感が良い、とか。もちろん、その評価が当たっているかどうかはわからない。というか、そんなことはどうでも良い。言いたいのは、自分の中に、こういう話が読みたい、こういう本を読んで○○を考えた、そういう感想が生じるということだ。

 それに対して、村上春樹という人の作品は違う。だいたいにおいて、わかりやすい明確なストーリーでないものも多い。犯人がいて、動機がいて、という構造もわからない作品だってある。例えば、TVピープルの「飛行機」。これをどうやって評価するんだ!そもそも……という人は多いと思う。

 だけど、

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2006年06月18日

●父の日なので

 少し前に実家から電話がかかってきて、父の日だから、たまにはこっちに来て夕食でもと誘われた。残念ながら、雑事が多くて断ってしまったで、お詫び?の意味も込めて、“父”について書いてみる。

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2006年06月16日

●写真集

 小西真奈美さんの写真集「27」を購入。
 家に帰って、煙草を吸いながらゆっくり見ました。

 様々な表情を見せてくれる女優さん。なぜかその表情に、今大はまり中の天童荒太作品の登場人物を思い浮かべてしまいました。誰も寄せ付けない、怖いくらいの鋭さと、地球温暖化に貢献してしまいそうな暖かさを、自分の顔だけで表現できる素敵な人。一人で立つこと、がキーワードだそうですが、彼女の一人は、きっと大勢の人と関わり、いろいろなことを体験し、いつも自分で想い、考えて、歩いてきたからこその、一人立ちなのではないかと思わせます。
 ミラクルタイプやぐびなま他のコマーシャルとは、全く別の世界を切りひらいて、でもまだ途中、そういう不思議な存在感を感じさせてくれました。素敵な一冊です。

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2006年06月15日

●飽きもせず……天童荒太

 仕事帰りに本屋に寄って、孤独の歌声を購入。で、帰りの電車と、夕飯代わりに立ち寄った居酒屋と、帰ってきて自宅のラインで一気読み。今、自分が夢中になれるのは、読書です。病的かも知れないけど、でも35になった人間がこういうことをするのも、まあ良いじゃんと、自分を納得させる。

 本筋からはそれるが、読んでいて、頼むから犯人を自殺とか事故死で終わらせないで欲しいと思った。読んでいる途中で、おそらくそうなるんじゃないかと考えたから、今日、ここに犯人を殺さないでくださいと、書こうと思っていた。でも、その期待?は見事に裏切られた。家族狩りや永遠の仔とは違う、まだ荒削りな作者がいました。

 寡作の人らしい。実際、今文庫で読めるこの人の本は後一冊しかなさそう。もちろん、それも手に入れている。彼の描く人生を経験した後で、自分が何を思うのか、少し時間をかけてもいいから、考えてみたいと思う。

2006年06月14日

●121冊

 夢中になると止まらない悪いクセで、結局家族狩り文庫版全5冊を、三日で読み終えました。もちろん、時間を自慢する気はありません。でも、こういうものを短時間で自分の心にギュッと押し込むのが、自分の読み方なんです。読んでいる間は、全生活の中の思考の半分以上が、小説の世界に置かれ、仕事とか、食事とか、歩くとか、寝るとか、そういうのがかなりおろそかにされてしまいます。離婚して良かったことなんて、やっぱり考えるとあまりありませんが、それによる生活の変化で得た、数少ない、今の自分の楽しみであることは事実です。読書はやっぱり好きです。

 第3巻の後書きに、こういう部分があります。作者自身の父を亡くしたときのことだそうです。

 一方で、わたしは父の死語まだ本当には泣けていなかった。昔からどこか醒めているところがある。自分の感情をもてあますというか、たとえば悲しいと思っても、それが本当に悲しいことかと疑ってしまう。悲しいんでいる自分を偽善的と思ったり、悲しみを演じているだけではないかと、斜に構えて見たりする。

 これを読んだときに、非常におこがましいかも知れませんが、ああ、こういうことを考える人がいるんだ、と救われた気分になりました。というか、永遠の仔や、この家族狩りを書く作家が、そう考えるんだということは、何だか自分自身も、どこかで肯定されたような気になりました。私には、もちろんこのような作品は書けませんが、それでも、どこかで想いがつながっているように感じられたのです。

 前にも書いた気がしますが、万人にうける小説ではないでしょう。また、ミステリーとしては、結末に不満が残るかも知れません。でも、最終刊のあとがきに作者はこう書いています。

 小説を読む上で、登場人物の感情をともに生きる時間があれば、それはもう経験と言えるものだろうと思います。

 私が小説を読む理由も、おそらくそこにあります。だからこそ、この作品は大勢の人に読んでもらいたい。それが、今の読後感です。

2006年06月13日

●天童荒太に夢中

 永遠の仔に続いて、文庫版の家族狩りを読み始めました。今日一気に2冊。ちょっとはまってます。

 人によっては、暗澹たる気持ちになって、もしかすれば最後まで読み通すことすら辛いかも知れない小説。でも、なぜか異常に惹かれています。永遠の仔もそうでしたが、やけに登場人物の心情に感情移入してしまいます。根本的に暗い人間だからでしょうか。何か満たされないことがあるからでしょうか。
 私自身は、結構理屈っぽい人間で、何かの事柄があっても、とにかくそこに理由を見つけたがります。だから自分の周りに起きることも、とにかく“理解”しなければと想い、自分なりの答えを作って生きています。そのことの善し悪しはわかりませんが、ただ、それに対して、自分の率直な心とか体が求めるものがあって、大きなギャップを生じさせているのかなあと、また分析してしまうわけです。

 何はともあれ、明日午後は会社の休みをとったので、午前中オンリーなら徹夜明けでも大丈夫!と過信して?って、徹夜はもちろんしませんが、これから三巻に突入いたします。

●悔しい?負け

完敗。
 サッカーって、難しいね、勝つのは。しかし、今日のスポーツ紙でケイヒルが出場したら要注意って、誰かのコメントを読んでいて、スタメンにいないなあと思っていたら、オイオイ。

 某所の日記と同じですが、出来れば見ていた人とコメント交流したいので、こっちにもアップです。

 うーん。でも、今日は中田も封じ込められていて、決定的なチャンスもあまり見られず、しかも後半に立て続けに決められたので、悔しいと言うより頭の中がハテナ状態です。福西が決めていればという話はありますが。戦術とかは抜きにして、稲本ならと思ってしまうのは、四年前の残像ですかね。

 三点めは、ダメダメだったけど、あれを取られたことより、決定機をつくれなかったこと、オーストラリア陣内で時間を作れなかったことががっかりでした。

 ワールドカップ、始まる前は日本だけじゃないと思っていたし、今もそのつもりはありますが、でもやっぱり自分の国が勝ち進む姿を見たいですね。四年に一回なんだし。

 次はワクワクさせて、最後に喜んでビールをもう一本空けたくなる試合を希望です。

2006年06月10日

●やっぱりお祭り

 一週間の疲れで眠い目をこすりつつ、ドイツ戦観戦中。
 やっぱり祭ですね。そして、目が離せない面白い試合。ドイツは前評判で不安も随分出ていましたが、それをこのまま吹き飛ばせるか。もう一点取って勝つと、勢いに乗りそうですね。
 うーん、楽しい。

2006年06月09日

●心の表現

 悲しいとき、あなたはどうしますか?

 意味のわからない問いかけに見えるでしょうが、私は結構真剣にこの問題を考えてしまうことがあります。人は一人ひとり違う。同じ出来事に同じ場所で同じ時間に遭遇しても、そこから感じるものは全て異なる。それって当たり前のこと。
 そうは言っても、社会的通念とか一般常識とか、軽く言えば流行とか、そういうものによって、ある一定のラインがある。そのことは決して否定はしないし、むしろ積極的にその中へ自分を置こうと思う。

 なぜなら、その方が楽だから。そうしておけば、考えなくていいから。何も自分の中に入って来ないから。客観的になれてしまうから。

 多分、自分自身が、今ギリギリのところに立っているから、他人のことをうまく考えられない。他の人の考えを否定してしまったり、見下してしまったりしそうな気がする。そして、冷静になったとき、結局は自分はこの程度の人間だということを思い知らされる。今までもずっとそうだったし、これからもずっとそうなのかもしれない。

 だから今日は一人で家に帰ってきた。もうすぐ開幕戦が始まるから、家に帰ってきた。
 まだビールも飲んでない金曜日。

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2006年06月07日

●珍しく

 観てもいいかなあと思える映画が、三本も。一つは、まもなく公開される、トリック。これは見逃せないのです。問題は、何時、どこで、誰と観るかということ。まあ、あまり深くは考えませんが。
 もう一つは、嫌われ松子の一生。下妻物語が面白かったですし、中谷美紀と言えば、ケイゾクの柴田であり、電車男のエルメスと、私が観ている映画やドラマの定番女優です。
 そして最後は、ダ・ヴィンチ・コード。ただ、原作を読んでいないので、映画を先にするか、原作を先にするか、迷うところです。でも、本を読んだ後に映画って、たいていはがっかりするはずですので、映画を観ても良いかなあと、ちょろっと思っています。

 そうそう、最近永遠の仔を読んだので、今度DVDでドラマ化されたヤツを観てみようかと思案中。放送中、確かエンディングテーマをうたっていた二人の内男性は、私の知り合いでもあるんです。

 何か面白い映画ありますか?

 

2006年06月06日

●コミュニケーション能力は誰に不足しているのか

 二日続けて、ちょっと真面目なタイトルで責めていますが、お許しを>誰宛?

 さて、厚労省も経産省もこぞって、最近の若者が就職するのに必要な力として「コミュニケーション能力」を挙げています。YESプログラム社会人基礎力という、二つの概念がありまして、中身の違いは素人には分かりづらい。本当は異なるんでしょうが、その辺の話しは、おいといて。

 で、私も普通に会社にいるわけですが、本当にその能力が足りないのは、上○なんじゃないの?と思う場面が多々あります。これは、もちろん個人的な直属の○司を指しているわけではありませんで、一般的に言うなら、会社の中堅以上、偉い人までのことです。
 誰だって最初は、教わりながら仕事を覚えていくんじゃないでしょうか。「あなたにこうなって欲しいんだ」とか「君のこういうところが素晴らしいから、どんどん伸ばしていこう」とか、「こういう問題を引き起こした原因はどこにある?」とか、「これはやったらいかん」とか、そういうコミュニケーションをとって、育てて行くんですよね?
 一般的に、上に行けば行くほど自分の歴史が長いですから、それを壊されることを嫌がります。だって、自分の人生が否定されているような気がしてしまいますから。でも、実は教育というのは矛盾した概念であって、自分を追い越される人間を育てるというのは、避けて通れない道のハズなんです。だからこそ、社会が発展していくのです。自分と同等かそれ以下のレベルを育てて、進化があるわけ無いでしょう。

 で、そういう教育が、今まで通りのやり方では通じなくなったときに、結局原因を下、つまりは若者に求めてしまったんでしょうね。で、彼らにはそういう能力が無い。だから、それを通信教育や大学の必修授業で身につけさせよう!というのが、上記のプログラム類。

 でもさ、

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2006年06月05日

●中田英寿選手と日本人

 とまあ、タイトルは随分偉そうになってしまいましたが、ここ2試合の彼のプレーと、W杯前の言動から、思うことがあるので書いてみます。

 まず、サッカーのことにそれほど詳しいわけではありませんが、日本のメディアが何と言おうが、彼が世界的に見ても一流のプレーヤーであることは、間違いありません。また、彼がプレーしている海外のリーグと日本のJリーグのレベルを比較したときに、どちらが上なのかは、論じるまでもありません。しかし、スポーツ各紙の見出しなどをみていると、やけに彼がトラブルメーカーのように感じられる記事が多く思います。

 先日のドイツ戦を観ていて、もしかしたら……と思いついたことがあります。

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