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2006年06月18日

●父の日なので

 少し前に実家から電話がかかってきて、父の日だから、たまにはこっちに来て夕食でもと誘われた。残念ながら、雑事が多くて断ってしまったで、お詫び?の意味も込めて、“父”について書いてみる。

 天童荒太の家族狩りや永遠の仔を読んでいたから、家族って何だろうと、最近ずっと考えている。人間関係の理想として、「支え合うつながり」があると、私は考えるけれど、それと家族との関係は難しい。というか、自分以外の人との距離感を考えると、迷宮に入り込んでしまうというか。

 一つの事実として、自分には家族は一つしかなかった。だから当然、家が常識的な家族の形だと思っていた。そこで教わったことや、体験してきたことが、正しいと思っていた。私自身が家で暴れたり、喧嘩したりした負の面も含めて、それが一つの真実のように感じていた。

 その後、自分自身もある程度成長し、家族というもののあり方を客観的に考える機会もあって、自分の家族というのは、もちろんある意味真実であり常識的な姿ではあるものの、それが絶対的ではないという事実を知った。そしてまた、これは家族に限った話ではもちろんないが、ある方向から見て正しいことでも、別の角度から見たら間違いだったり、あるいはその時はそれが正解であっても、ちょっと時間的な、あるいは場所的なズレが生じたら、とたんに最悪のあやまちになってしまうということもわかってきた。

 人は不完全な生き物で、いつも正しくあることは出来ないのに、でも「正しく」生きなければ行けないと思いこんでしまう。今の自分もまさにそうだが、「こうしたい」と考えることがあっても、その通りに出来なかった時、やはり自己嫌悪に陥る。まるで自分が完璧に物事をこなせる人間であるかのように考え、それが出来ない自分をうまく受け止めるのではなくて、出来ない自分を責めてしまう。

 そしてその構図は、おそらく家族の中にもある。例えば保護と過干渉は、非常に似た形をとってあらわれる。でもそれがタイミングによって、全く違う結果、愛されてるという実感を与える時もあるし、逆に相手を激しく傷つけ、自棄になってとんでもないことをしでかす引き金を引いてしまう時もある。

 でも、そういう不完全な人間が、かなり長い間一つのスペース(家)の中でゴチャゴチャ暮らしている。子どもであった私は、そこから何を学んだのだろう。そして、その中にいた“父”に、何を見ていたのだろう。

 私は長男だったから、きっと両親も試行錯誤しながらの子育てだったに違いない。もちろん子ども時代にそんなことを意識したことは無いけれど、でも不安があったり疲れたり、歓びがあったり感動があったりという毎日だったなら良いなと思う。手のかかる最悪のガキで、子育て時代は苦労ばっかりだったよ!と、今もし言われても、でも人生の中でそういう体験をすることが、今振り返れば良かったかもしれないでしょと、言える程度のひどさに、自分がとどまっていて欲しいなあと思う。

 だんだん文章が混乱してきたが、とにかく、様々な葛藤の渦を作るのが家族であるし、家族だから支えられることがあれば、家族だからこそ支えられないこともある。万能の集団なんて、どこにもない。でも、一人暮らしを始めるまでの18年間、父や母や弟妹と暮らしてきたことが、私を作る一つの要素になっていることは間違いない。それについては、感謝の気持ちが大きくある。

 ところで、現実の父は最近仕事生活を終え、サンデー毎日とかいってあちこち遊び歩いているようだが、自分の趣味や自分のために、色々な活動をしている父の姿があることが、間違いなくこれからの私の部分になっていくのだと思う。老いは恐ろしいかも知れないが、とにかく元気で、好き放題やってもらいたいと、不肖の息子は生意気にも思っている。

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