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2010年12月15日

●ノルウェイの森

 映画を観て来ました。

 映画化されるという話が出てから、原作フェチな私としては、絶対に納得はしないだろうと思いつつ、でも、やはり一度は映像を観てみたいという思いがあり、とりあえず一人で入間のユナイテッドシネマズまで、出かけたのでした。

 以下、ネタバレします。まだ観てない方、聞きたくない方はお読みにならないでください。

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2009年02月17日

●村上春樹氏のスピーチ

 既にニュースサイトなどの情報で、ご存知の方がほとんどと思いますが、村上春樹氏が、エルサレム賞受賞式でのスピーチには、心を揺さぶられました。YouTubeに動画がアップされていたので(消されちゃうかもしれませんが)、貼っておきます。

 で、この動画のコメント欄にもありますが、このニュースの取り上げ方では、このスピーチで伝えたかったことが、今ひとつわからない気がします。自分には、英語力が人並み外れて無いにもかかわらず、地元紙の英語版サイトで、概要らしいのですが、英文を見つけ、また、同時にそれを翻訳している人のブログも読んでいたのですが、そこから改めて、私は村上春樹氏が書く作品を好きになりました。
 賛否両論があることは、この問題に無知な私にも、わからなくはありません。でも、今回の氏の行動に、私はとても共感出来ました。

 うまくまとめられませんが、本日は以上です。

2009年01月19日

●巨大投資銀行

 日経ビジネスのサイトで知った「黒木亮」さんの小説を読み進めています。長いし、所々考えながら読まないと理解できないしで、時間はかかりますが、ちょうど今の時代と重なる部分もあって(今小説はバブルが崩壊したあたり)、なかなか面白いです。他の作品にも手を出してみようかなと思っているところ。昔なら、絶対に手を出さなかった小説なんですけども。
 また、読み終わったらレビューを書いてみたいと思います。

 ところで、天童荒太の「悼む人」が、直木賞受賞とか。とりあえず、賞をとる前に読んでいたので、ミーハーは回避できたかなと。永遠の仔や家族狩りで嫌になった方でも、これは作風が変わっているので、読めるのではないかと思います。面白いですよ。

 読書はやっぱり止められないと思う、今日この頃です。

2006年10月22日

●ずいぶん読んだなあ

 まもなく転職して、一年がたちます。色々あったけど、何とか乗り切ったし、会社内でも自分の位置がある程度作れたので、まずまずでしょうか。不満、というか、もっとこうしていきたいという点は腐るほどありますが。

 転職して、激変したのが読書。毎日1時間ちょっとかけて通勤するので、そのお供に本が欠かせなくなりました。なんだかんだ言って、転職後に読んだ本が現時点で184冊。年間200冊には届かなさそうですが、それでも結構凄いと自分では思っています。もちろん、再読も含めてですけどね。
 転職してから読み始めた作家さんは、宮部みゆき、石田衣良、天童荒太、重松清、池波正太郎、あたりで、特に宮部、石田、天童は大はまりでした。

 会社の人を見ていると、ビジネス書は読んでも小説は読まないという人が多いようで(というか、小説の話をするような人とほとんど出会っていない)、それが少し残念です。まあ、まともな大人のすることではないのかも知れませんが、こういう乱読は。

 http://booklog.jp/users/RANDOMBUG.COM

 いつも紹介しちゃうのですが、上記で私の読書歴を書いています。たいしたことはないですが、もしかしたらあなたにも気に入ってもらえる一冊があるかも知れないので、よかったらご覧ください。

2006年10月04日

●読書の秋

 仕事があほのように忙しい。というか、正直どこまでやればいいのか、見えない。まさか今の仕事を、ほぼ完全に一人で担当するとは思わなかった。充実感はあるものの、休みが半年取れないのはキツイかな。まあ、日々の労働時間を平均化することで、何とか凌いでいるという感じです。

 そんな私、最近また本を読むようになってしまいました。実は、8日にとある資格試験を受けるつもりで、それが終わるまではテキストを繰り返し読む!と決意したのですが、仕事とかぶる部分も多く、さすがにいやされないので、断念。だんだん、本当に受験するかどうかもおぼつかなくなって参りました。
 でも、毎日校正をしているにもかかわらず、小説は自分をいやしてくれるのが、うれしい。最近は、池袋ウエストゲートパークの、文庫を4冊+赤黒を再読し、それに飽きたらずハードカバーのIWGP2冊を一気読み。テレビで観ていた秋葉原@DEEPも文庫本を読了し、今日は小説版の下北サンデーズ。ほとんど石田衣良祭ですね。
 それと、友人から借りた、恩田陸の「夜のピクニック」。これはなかなかおもしろかった。この人の小説は、この一冊以外読んだことがないので、今度ブックオフに行ったら何冊か文庫本を仕入れてこようと思います。

 というわけで、日々忙しく毎日を過ごしていると、日記を書いている場合ではなくなるというお話でした?

2006年08月14日

●打って変わって

 宮部みゆきの魔術はささやくを読んだ。ブレイブストーリーでかなり落ち込んでいた分もあり、一気読み。面白かった。夏に読むには良いですよ、結構スリリングです。作家って、本当に一つの作品だけで語ってはいけませんね。もったいないお化けが出ます。

 今日はお盆休みの影響で、電車も空いていてずっと座っていられて、わりと穏やかな一日でした。ここのところ、毎日飲んでいたので、肝臓君もお休みにして、そろそろ寝ます。

 というか、あまりにありきたりな日記ですね。でも、そんな日もあるのです。

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2006年07月04日

●ノルウェイの森

 私が、村上春樹を読むようになったきっかけの本。大学一年の時、電話の呼び出しベルを共有する、寮の隣の部屋に住む友人に借りて読んだ。彼とは未だにつきあいがある、数少ない“親友”だ。

 それ以降、一体何度この本を手に取っただろうか。優に20回は超えているが、今回手にとって、また新しい発見があった。というか、いままで私はノルウェイのどこを読んでいたのかと、自分の村上春樹作品の理解が、まだまだ浅かったことを思い知らされた。でもそれは、まだまだ読み続けられるということの裏返しでもあるので、悪い印象だけではないのですが。

 この小説を、村上春樹は自作を語るというエッセイの中で、リアリズムという言葉を使って評している。そのエッセイを初めて読んだときに、深く納得すると同時に、衝撃をうけたけれど、今日読み返して、本当に至る所に“リアル”が息づいていることに驚いた。この辺が、今まで何を読んでいたんだろうと思うところ。

 それと、普通の人は知っていることなのかも知れないけれど、最後に、どこでもない場所から緑に電話をかけるシーンがあり、変な感想なのですが、いつも、ではその後どうやって緑と僕とは会うのだろうかと心配になっていたのですが、良く読むと、それは上野駅なんですね。いや、もちろん彼が上野駅にいるとは書いていないんだけど、でも、そういう風に読むことが出来る終わらせ方なんですよね。そしてそれが、緑のお父さんを経由して、緑に結びつく。結局かれは、直子とキズキ、レイコさんと直子、緑と緑の父、そして将来的には永沢さんとハツミさん、というように、死者を介して様々な人とつながっている。その辺の意味をどう理解すればいいのか、これは次以降に読む時の楽しみにとっておきます。

 しかし、このブログを読んでくれている人なら、やはり「知ってるよ」で片付けられるかもしれませんが、私の書く手紙の文体は、ノルウェイの中で僕が直子宛にかく手紙の文体と、異様に似ていて、恥ずかしくなった。いや、文体というか、書いていること、かな。村上春樹ファンとして、自分の文章を似せたくなる気持ちは意識していましたが、手紙は、なんだかそのまま書いているみたいで、ちょっとショックです。

 ということで、早朝のドイツvsイタリア戦に向けて、そろそろ寝る時間。おやすみなさい。

2006年06月30日

●今年の前半終了。そして世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

 風三部作を読み終え、次に「世界の終わりとハードボイルドワンダーランドを手に取った。もう、私の手元にある表紙の本は売ってないらしい。

 ワールドカップの試合が始まるので、極めて完結に記すが、ようするに、私が村上春樹作品にどうしようもなく惹かれてしまうのは、こういう所だ。

上巻で、図書館で夢読みの手伝いをする女性との会話で、

「あなたが私の髪をほめたというのはわかるわ。でもほんとうはそれだけではないのね。私の髪があなたの中に何かべつのものを作り出して、あなたはそのことについて何かを言っているのね?」 「違うよ。僕は君の髪の話をしているんだ。」

やはり上巻で、

「いや違うね。親切さと心とはまたべつのものだ。親切さというのは独立した機能だ。。もっと正確に言えば表層的な機能だ。それはただの習慣であって、心とは違う。心というのはもっと深く、もっと強いものだ。そしてもっと矛盾したものだ」

 という老人のセリフ。このあたりが、本当によくわかるし、切なさ、もどかしさがヒシヒシと伝わって来る。そして、下巻の最後の最後に、博士の孫娘が

「怖がらないでね。あなたがもし永久に失われてしまったとしても、私は死ぬまでずっとあなたのことを覚えているから。私の心の中からはあなたは失われないのよ。」

 という、これ以上ないであろう救いのセリフ。本当に、ごくごく限られた一部分ですが、この作品の柱を見事に表す名文だと、私は思っています。まるで、悲しみをわざわざ自分の中に入れるために、この本を読んでいるのではないかと、一瞬考えることもありますが、実は、大いなる救いを求めて、繰り返しページをめくっているのでした。

 ということで、今年も半分終わりました。後半は、少しは自分で何かを作り出せる毎日にしたいです。

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2006年06月27日

●風三部作

 ここのところずっと、村上春樹作品を読んでいる。まずは短編集から始めて、風三部作を、今日読み終わった。やっぱり面白い。

 一つの作品を、何度も繰り返し読むというやり方は、村上春樹作品に出会ってからのことで、実際彼以外の作品で繰り返し読むものは、非常に限られている。でも、村上春樹の作品については、何時読んでも、その時の自分が啓発される気がして、絶対に手元から話したくないし、まあ自分が何歳まで生きるかわからないが、字が読める限りは、手に取り続けたいと思っている。

 今回、久しぶりに風シリーズを読んで、これまでにないほど、その切なさを感じた。これはやっぱり、自分が年をとったということに間違いないだろうし、自分でも気づかないうちに、色々なものを失って来たんだろうと思う。

 私は、風の“僕”のように、ノートの中心に線を引いて……なんてことは出来ない。少なくとも、今は出来ない。そんなことをしたら、右と左がアンバランスすぎて、悲しみのどん底に沈んでしまいそうだから。まだ失ったことを気づいていないものまで、リスとされてしまいそうだから。

 でも、そんな村上春樹小説は、この後少しずつ変化していく。もちろん、まだまだ読み続けるので、その流れの中で、今の自分がどの作品のあたりと重なるのか、ゆっくり確かめて行こうと思う。そして、こんな風に楽しめる作家に出会えたことを、心から幸せだと思っている。

 ちなみに、いくつかの文庫本は、まだ消費税前のものだったり、本の奥付に定価が書いてあって、その上にシールを貼って、定価はカバーに書いてあります、みたいなごまかしをしているものもある。時代を感じますね。

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2006年06月19日

●自分のための本

 久しぶりに、村上春樹作品を手にとった。とりあえず、氏の文章に自分が集中できるかが気になったので、短編を選び、TVピープル。でも、そんな心配はいらなかった。あっという間に没入して、通勤の往復で読み切った。

 天童荒太にはまったと、このブログでも書いた。それは間違いない事実。それから、石田衣良にも、重松清にも、宮部みゆきだったはまった。ただ、それらの小説からは、必ずテーマを見つけてしまう。これは、○○について書いた本だ、とか、誰の作品は、スピード感が良い、とか。もちろん、その評価が当たっているかどうかはわからない。というか、そんなことはどうでも良い。言いたいのは、自分の中に、こういう話が読みたい、こういう本を読んで○○を考えた、そういう感想が生じるということだ。

 それに対して、村上春樹という人の作品は違う。だいたいにおいて、わかりやすい明確なストーリーでないものも多い。犯人がいて、動機がいて、という構造もわからない作品だってある。例えば、TVピープルの「飛行機」。これをどうやって評価するんだ!そもそも……という人は多いと思う。

 だけど、

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2006年06月15日

●飽きもせず……天童荒太

 仕事帰りに本屋に寄って、孤独の歌声を購入。で、帰りの電車と、夕飯代わりに立ち寄った居酒屋と、帰ってきて自宅のラインで一気読み。今、自分が夢中になれるのは、読書です。病的かも知れないけど、でも35になった人間がこういうことをするのも、まあ良いじゃんと、自分を納得させる。

 本筋からはそれるが、読んでいて、頼むから犯人を自殺とか事故死で終わらせないで欲しいと思った。読んでいる途中で、おそらくそうなるんじゃないかと考えたから、今日、ここに犯人を殺さないでくださいと、書こうと思っていた。でも、その期待?は見事に裏切られた。家族狩りや永遠の仔とは違う、まだ荒削りな作者がいました。

 寡作の人らしい。実際、今文庫で読めるこの人の本は後一冊しかなさそう。もちろん、それも手に入れている。彼の描く人生を経験した後で、自分が何を思うのか、少し時間をかけてもいいから、考えてみたいと思う。

2006年06月14日

●121冊

 夢中になると止まらない悪いクセで、結局家族狩り文庫版全5冊を、三日で読み終えました。もちろん、時間を自慢する気はありません。でも、こういうものを短時間で自分の心にギュッと押し込むのが、自分の読み方なんです。読んでいる間は、全生活の中の思考の半分以上が、小説の世界に置かれ、仕事とか、食事とか、歩くとか、寝るとか、そういうのがかなりおろそかにされてしまいます。離婚して良かったことなんて、やっぱり考えるとあまりありませんが、それによる生活の変化で得た、数少ない、今の自分の楽しみであることは事実です。読書はやっぱり好きです。

 第3巻の後書きに、こういう部分があります。作者自身の父を亡くしたときのことだそうです。

 一方で、わたしは父の死語まだ本当には泣けていなかった。昔からどこか醒めているところがある。自分の感情をもてあますというか、たとえば悲しいと思っても、それが本当に悲しいことかと疑ってしまう。悲しいんでいる自分を偽善的と思ったり、悲しみを演じているだけではないかと、斜に構えて見たりする。

 これを読んだときに、非常におこがましいかも知れませんが、ああ、こういうことを考える人がいるんだ、と救われた気分になりました。というか、永遠の仔や、この家族狩りを書く作家が、そう考えるんだということは、何だか自分自身も、どこかで肯定されたような気になりました。私には、もちろんこのような作品は書けませんが、それでも、どこかで想いがつながっているように感じられたのです。

 前にも書いた気がしますが、万人にうける小説ではないでしょう。また、ミステリーとしては、結末に不満が残るかも知れません。でも、最終刊のあとがきに作者はこう書いています。

 小説を読む上で、登場人物の感情をともに生きる時間があれば、それはもう経験と言えるものだろうと思います。

 私が小説を読む理由も、おそらくそこにあります。だからこそ、この作品は大勢の人に読んでもらいたい。それが、今の読後感です。

2006年06月13日

●天童荒太に夢中

 永遠の仔に続いて、文庫版の家族狩りを読み始めました。今日一気に2冊。ちょっとはまってます。

 人によっては、暗澹たる気持ちになって、もしかすれば最後まで読み通すことすら辛いかも知れない小説。でも、なぜか異常に惹かれています。永遠の仔もそうでしたが、やけに登場人物の心情に感情移入してしまいます。根本的に暗い人間だからでしょうか。何か満たされないことがあるからでしょうか。
 私自身は、結構理屈っぽい人間で、何かの事柄があっても、とにかくそこに理由を見つけたがります。だから自分の周りに起きることも、とにかく“理解”しなければと想い、自分なりの答えを作って生きています。そのことの善し悪しはわかりませんが、ただ、それに対して、自分の率直な心とか体が求めるものがあって、大きなギャップを生じさせているのかなあと、また分析してしまうわけです。

 何はともあれ、明日午後は会社の休みをとったので、午前中オンリーなら徹夜明けでも大丈夫!と過信して?って、徹夜はもちろんしませんが、これから三巻に突入いたします。

2006年05月28日

●103冊

 今、ブクログの登録をしておりまして、転職後の読書冊数をカウントしましたところ、コミックはもちろん抜いて、103冊となりました。記念すべき100冊めは、流転の海第2部「地の星」でした。
 行き帰り電車が中心の読書ですが、これだけ読めるなら、今くらいの満員電車はありかも……と思ってしまいます。この年で、これだけまた本を読む時間が確保出来たことは、本当に嬉しいです。

 私のここ最近の読書歴はこちらからどうぞ

2005年11月09日

●希望の国のエクソダス

 まだ見習い期間中ですが、生活は転職によって激変しました。通勤に一時間以上かかるので、本は欠かせません。ボーッと電車に乗っていることが出来ない、せっかちな性格なので。
 ということで、点と線のあと、西村京太郎を一冊はさんで、村上龍氏の希望の国のエクソダスを読みました。


村上 龍 / 文藝春秋(2002/05)
Amazonランキング:12,257位
Amazonおすすめ度:
希望を見つけたい人へ
ある意味刺激的で、ある意味予定調和的作品
予言書として

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2005年11月05日

●本を読むこと

 子どもの頃から読書好きで、小学校五年生の時には図書室の貸し出し数が学校一番ということで、朝礼で紹介されたことがある。私は暗い小学生時代を送っていたので、当時の記憶がほとんどないのだが、それだけは唯一に近い良い思い出として、まだ覚えている。運動が苦手だったから、本を読むぐらいしか楽しいことがなかったというのが、事実なのではあるが。
 そしてその後も、本は読み続けた。といっても、中学後半から高校時代は赤川次郎にはまり、平行して西村京太郎を読むようになり、学生になったら村上春樹と、偏った読み方をする。だから、趣味は?と問われたときに「読書」とこたえづらい。本当の読書家とは違うと、自分で思っているからだ。

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